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愛の工学「地上から天上まで」

7.全能の神の意識(愛)

 御言葉の神が、ご自身を100%無にして完全な人(100%人間)になられ、この世に来られました。神の僕としての形を取られ、死に至るまで、御言葉に服従されることにより、神と人に対しての愛を完成された方です。その方がキリスト・イエスです。

 

あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちに見られるものです。キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。キリストは人としての性質をもって、現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、すべての口が、「イエス・キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。(ピリピ2:5〜11)

だから、あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい。(マタイ5:48)

 

 それでは、完全になることは、どのようにして可能になるのでしょうか?無論、愛を通して完全になれるのです。

 

神は、私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。(エペソ1:4)

 

 つまり、聖化され、傷のない、キリストの似姿になるまで、人間的努力を続けるのではなく、愛を通してだけ可能になるのです。その愛とは、即ち神の御言葉に従って、神を愛し、隣人を愛することです。

 

そして、彼らのうちのひとりの律法の専門家が、イエスをためそうとして、尋ねた。「先生、律法の中で、たいせつな戒めはでれですか。」そこで、イエスは彼に言われた。『心を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』これが大切な第一の戒めです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という第二の戒めも、それと同じように大切です。律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」(マタイ22:35〜40)

 

 聖書を通して流れている主題は愛です。神は愛です。人も愛の現れとして造られました。ですから、聖徒はこの愛の形象(神の形象)を成すために、愛をもって隣人に仕え、御霊と御言葉によって変えられなければなりません(ヨハネ3:5)。パウロは第一コリント13章において、私たちが成さねばならないことを、イエスの形象を通して語っています。

 

なぜなら、神は、あらかじめ定められたからです。それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子となられるためです。(ローマ8:29)

 

 旧約聖書は神の愛の約束です。4つの福音書には、神の愛の実現が書かれてあり、書簡は私たちが愛の生活をするための方法が書かれています(申命記7:8、ヨハネ3:16、13:34、1コリント13章)。そして、私たちのすべての力と栄光の源は、私たちの”内”におられるキリストです(エペソ1:20〜22、汽灰螢鵐硲押В掘腺検法

 

神は聖徒たちに、この奥義が異邦人の間にあってどのように栄光に富んだものであるかを、知らせたいと思われたのです。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。(コロサイ1:27)

ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。(汽灰螢鵐硲隠機В隠亜

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。(ガラテヤ2:20)

 

次回に続く・・・

posted by: 神の小羊 | 霊性牧会 | 09:26 | - | - | - |

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